東京高等裁判所 昭和47年(う)782号 判決
被告人 小川修一
〔抄 録〕
論旨は、原判決は、公訴事実第三の二の事故報告義務違反の点について、外形的事実は公訴事実のとおり認定しながら、これに適用すべき罰条である道路交通法七二条一項後段、一一九条一項一〇号の解釈については、「合憲説をとる最高裁判所の判例(昭和三七年五月二日最高裁判所大法廷判決、昭和四五年七月二八日同裁判所第三小法廷判決)の見解に従うのが望ましいが、憲法三八条一項の要請を考慮して、右規定による報告義務の範囲をできるかぎり制限的に解釈することによりその合憲性を認めるのが相当である。」としたうえ、「警察官が事故発生直後に第三者からの通報などによって、右条項所定の事項を知り、または容易に知ることができる状況に置かれたときは、警察官が負傷者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置をとるために運転者に右条項所定の事項の報告を求める必要は消滅するものと考えられるから、かような場合には運転者は右のような報告義務を免れるものと解すべきである。」とし、「本件についてみるに、事故現場の所轄警察署の警察官は事故目撃者である第三者から電話による通報を受け現場に赴いたときは、負傷者は病院に運ばれてしまっていたので、負傷者の救護の措置をとることなく、業務上過失傷害被疑事件としての実況見分をしたことが認められるから、警察官が負傷者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置をとるために運転者に右報告を求める必要は消滅したものと認められる。」として、無罪を言い渡したが、これは明らかに法令の解釈、適用を誤ったものであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
よって、審案するに、道路交通法七二条一項後段の定める報告義務の内容は、「当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度並びに当該交通事故について講じた措置」であって、当該車両等の運転者その他の乗務員に対し、かような事項について報告義務を負わすのは、専ら警察署をして速やかに交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置をとらせ、もって道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図るのを目的とすることは多言を要しないところであり、その内容たる事項も警察官が交通事故に対する処理をなすにつき必要な限度を出でず、それ以上に運転者等が刑事責任を問われるおそれのある事故原因その他の事項までも含ませているのではないから、いわゆる黙秘権を規定した憲法三八条一項に何ら抵触するものでないというべく、右の趣旨は、すでに、原判決が引用する最高裁判所大法廷判決が、道路交通取締法施行令六七条二項に関して説示するところである。従って、原判決のいうように、運転者が前記規定により報告義務を負う場合を、警察官が前叙のような措置をとるために報告を求める必要が現実に存する場合に限るものとするなど、これを制限的に解釈するのは相当でないというべきである。しかして、前記のような右規定の立法目的にかんがみれば、具体的な場合における報告の必要性の有無を当該運転者等の判断に委せたものと解することのできないのはもとより、本件のように事故現場の所轄警察署の警察官が、たまたま事故の目撃者である第三者からの電話による通報により事故を知り得た場合であっても、これにより報告義務の不発生ないし消滅がもたらされると解することのできないことも明らかである。してみれば、原判決挙示の関係証拠により、被告人に、事故発生後自らまたは他人を介して前記事項を警察官に報告する意思がなく、警察官の現場到着以前に逃走したことの認められる本件において、前記のような理由により、被告人の報告義務違反による刑責を否定した原判決は、法令の解釈、適用を誤ったものであり、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
(海部 小川 山崎)